要点
- 『今日の士郎―美味しんぼ完全感想シリーズ❶DangDang気になる以前編』が、コミックマーケット106(8月16日・土曜日、東七ホール「C-47b」)にて頒布される。
- 士郎と父・海原雄山との確執、素材への執念、社会常識への懐疑──単なる料理アニメの枠を超えたその多層的な魅力が、丹念な筆致で綴られている。
- タイトルには、忌野清志郎や『プラモ狂四郎』へのオマージュも込められており、サブカルチャーへの敬意が全編に漂う。
かつて全国の茶の間を熱狂させたアニメ『美味しんぼ』。その全百三十六話を、一話ずつ味わい尽くす感想本『今日の士郎―美味しんぼ完全感想シリーズ❶DangDang気になる以前編』が、このたびコミックマーケット一〇六(八月十六日・土曜日、東七ホール「C-四十七b」)にて頒布される。
編集は「銀河美味しんぼ学会」、主な執筆者は新井・上妻両氏。彼らはポッドキャスト『五丁目ラジオ』で語り続けてきたアニメ『美味しんぼ』の魅力を、活字として丁寧に再構築している。第一巻では第一話「究極のメニュー」から第九話「寿司の心」までを収録。士郎と父・海原雄山との確執、素材への執念、社会常識への懐疑──単なる料理アニメの枠を超えたその多層的な魅力が、丹念な筆致で綴られている。
特筆すべきは、その批評的なまなざしと、深い愛情の共存にある。『美味しんぼ』が提示する「究極のメニュー」は、単なる美食探求ではない。そこには、父と子の断絶、働く者の葛藤、企業社会と個人の関係、さらには戦後社会の価値観が複雑に絡み合う。山岡士郎という人物は、ぐうたらな新聞記者でありながら、父への怒りと敬意を背負い、「美味」という概念に社会への抵抗を託す存在として描かれている。
誌面では、アニメと現実の交差点も巧みに描かれる。たとえば、東西新聞社のエレベーターについての設定や、社内での喫煙、ソファでの仮眠、麻雀、そして昭和末期の職場風景──それらが作品世界に確かなリアリティを与えている。読者はただ懐かしさに浸るだけでなく、当時の日本社会の制度や感性までも体感することができる。
本書のもう一つの魅力は、その「未完」へのまなざしだ。上妻氏は、「『美味しんぼ』って、まだ完結していないんですよ。漫画もアニメも」と語る。そしてこの企画は、いつか来る再開の日に備えて始めたという。「弥勒菩薩が来る的な話です」と笑いながら語るその姿勢には、半ば冗談めかしながらも、作品と読者との再会を本気で信じる強い意志がにじむ。
副題の「美味しんぼ完全感想」は控えめに配置され、表紙には大きく「今日の士郎」の文字。タイトルには、忌野清志郎や『プラモ狂四郎』へのオマージュも込められており、サブカルチャーへの敬意が全編に漂う。
巻末には、特製の「銀河美味しんぼ学会」会員証も添えられている。上妻氏は「ニックネームを書いてSNSなどで、会員の存在を示してほしい」と呼びかける。読者ひとりひとりが、この壮大な感想企画の仲間であるという「証」が、作品と現実をつなぐ小さな接点となる。
さらに本巻には、πのπのπ@マゼラン星雲、近松佐左衛門という二名のゲストライターも寄稿。いずれも独自の視点で『美味しんぼ』を捉えなおし、読み応えのある小論やエッセイを提供している。
「終わらない物語」を愛し、「語り続けること」こそが表現だと信じる者たちによる、熱意と知性に満ちた一冊。ぜひ手にとり、『美味しんぼ』の世界とその登場人物に、かつての自分や社会の記憶を重ねてみてほしい。
【五丁目ラジオ】音楽家GO ARAIとデザイナー上妻による『五丁目ラジオ』は、2018年4月に配信を開始。音楽、映画、社会時評から『美味しんぼ』の感想企画「今日の士郎」まで、多彩な話題を扱う。「やめる理由が特にないので、続けている」(本人談)雑談番組。www.5chome.tokyo